お便り

書簡(玉塚充様)

 西川祐子 先生

 2025年も半年が過ぎました。プロデュース業というものは先へ先へと仕事を追いかけながら、今日只今のプロジェクトに向き合うので、本当にあっという間に時間が過ぎて行く感覚をおぼえます。そのようなスピードが加速する状況において、ぶれることなく自分自身を磨いてゆくための新たな学びというものをどこから始めるか…自問自答の日々であります。日本舞踊の世界では、六歳の六月六日にお稽古を初めると芸が上達するという言い伝えがあります。先日、日本舞踊のお家元から、こんなお話を聞きました。『子供は見たものを真似する訓練ができる。それが大人の場合、見て自分の頭のフィルターにかけて、考えてから真似をするため、違うものになってしまう』という趣旨のお話でした。「六歳の六月六日のお話」に、古来の言い伝えでは済まされない、今にいきて行く知恵を感じました。大人になってから新しいお稽古を始める時、祐子先生はどんなことに気をつけて、習得するのが良いとお考えでしょうか?昨今、大人の寺子屋的なお教室も色々ありますが、グローバル社会を生き抜く現代の大人が、本質的に新たな力を得るために、無心になって取り組める習い事を、どのようにしてつかみ取って行くのか考えさせられます。かつて、吾々の師匠である日本舞踊家・花柳茂香先生は「性格は変わらないのだから、考え方を変えましょう!」とサラリと稽古場で仰っていて、何事につけ考え方一つがいかに大きいか、さらに、その実践がどれほど重要か諭されたような想いで、腑に落ちた記憶があります。祐子先生のお考えをお聞かせ頂ければ幸いです。

玉塚充(企画プロデュサー)

コメント

    • 西川祐子
    • 2025.06.28 4:26pm

     玉塚 充 様

     いつもフレッシュな気持ちで仕事に取り組むのは、仕事を発信する側・その成果を受け取る側、双方にとってとても大切なことと思います。玉塚様は社会に夢を届けるお仕事に従事なさっておいでですから、誰よりもその辺りを敏感に感じていらっしゃることと思います。
    六歳の無垢の心に芽生えた感動が、大人になっても都度呼び起されれば自ずと作り上げる楽しさが作品に反映され、観る者の感動を呼び起こすことでしょう。しかしながらお手紙にある通り、成人に至ればそうもいきません。その時に沁みついている価値観が、新たな学びの邪魔をすることも大いにあろうかと思います。殊にグローバル化された受け手に向けて、多様な表現のジャンルを身に着けようとすれば、既成観念の払拭や少なくとも修正が必要なのは想像に難くありません。
    その意味において、私の場合は幸運でした。無難であったといった方がいいかもしれません。小さいころから触れていた西川流の舞踊に加え、花柳茂香先生に教えを受けたのを皮切りに、長唄・三味線・鳴り物、能の仕舞・狂言と続き、50代からはバレエの森龍朗先生に師事しています。言ってみれば、踊りを深化させるために関連する芸の世界に踏み込んだ形で、少しずつ自分の視野が広がって行く喜びを感じました。
    無心になって取り組めるには?というお問いかけに対して、有心で学んできたという返答になってしまいました。伝統芸能においてはぶれない「一筋」が大切にされていますが、芸は人なりという如く、芸が演者の人格を包含して成り立っていることの反映なのでしょう。自分を磨きたい!これが私の学びの原動力です。
    情報過多な時代だからこそ、近視眼的に一方向から今を見ることなく、複眼でそのものの本質を見つけようとすることがとても大切だと思います。玉塚様のご活躍、心より祈念いたしております。

    西川祐子

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