お便り

書簡(加藤繁治様)

西川祐子 先生

 人生わずか五十年、いまや五十年は一昔も前の話となりましたが、‘人は生まれて必ず死する者’は変わることなき定めです。でも人間はなぜかあくせく╱╲働きまわります。現代は豊かなるがゆえに更にお金や地位を求めてあくせく╱╲と…
 ほんの少し前まで金や地位とは無縁に芸そのものを希求して生きていた先生方がたくさんいた気がしてなりません。我らが師、花柳茂香先生然りです。先生は文化庁から電話がかかってきても全く気にもかけていられず当方が慌てましたし、また先生は会を催すのも経済的にも大変でしたので助成金を申請しましょうかと言ったら、向こうが使って下さいと言うのなら有難く頂戴しますが、こちらから下さいと言うのは品がないと一刀両断でした。生き方の凄さを感じました。そして善悪併せ飲んだかの生き方をする方の真似は出来ない小生ですが、先生のようには潔く出来なくてもかくありたいと生きたいと、先生の姿を追い求めている小生がいます。
 そして先生から、あなたの考えていることを判る人は百人に一人いるかいないのかと思うけど私は信じていますから頑張りなさいといつも背中を押してくれました。小生の何よりの宝ものです。そして若い方達に意見を求められる時に必ずといって言う言葉は“誰が見ているか判りません。一生懸命真面目に生きていれば誰かが必ず手をさしのべてくれます。”と…
 名古屋から出てきた軟弱な小生が、血を吐いたり何度も挫折しかけたり色々ありましたが、こうして家柄もないのにこの世界にいられますのも、多くの方達が手をさしのべてくれたからに他なりません。そしていま、余り人生に余裕などありませんから、煩わしいことには関わらず自分なりに出来ることをなしとげたいと思っています
 来年二月二十六日国立小劇場で久方ぶりに“新・日本音楽抄”を、縁をテーマに催したいと思っていますので。是非祐子さんもお出かけ下さい。

企画室 日本の藝 主宰・作詞家
加藤繁治

コメント

    • 西川祐子
    • 2022.07.16 4:27pm

    加藤繁治 様

     お便り有難うございました。花柳茂香先生の「えんの会」にて制作方と踊り手として出会い、その後、「祐子の会」を手伝って頂くようになり30年以上のお付き合いとなりましょうか。
     「もう大丈夫だからこのまま続けなさい。分からないことは加藤さんに聞きなさい。」先生が私に下さった最後の教えの言葉です。何が大丈夫なのだろう。なぜ加藤さんなのだろう。入門して以来先生の稽古は禅問答の如くでしたので、頂いた言葉の前半はその言葉の深意を宿題としてずっと持ち続けていました。心の支えであった先生がいらっしゃらない今でも舞踊が続けられている私の状況を思うと、自覚のなかった私の中に覚悟の芽生えを見出しての「大丈夫だ」だったのかと。
    後半部分については、今回のお便りで合点が行きました。先生の加藤さんへの確固たる信頼は、制作者としての実績もさることながら、古典に対する深い理解に基づいた作詞家としてのブレない活動に対してだったのかと、改めて思い至りました。文化という生業になりにくい世界で生きながら、人の営みを美しい詞にする… 私の前を淡々と歩いている芸術家… かくありたいとの覚悟の芽生えを、私自身が摘むことなく育てて行けるように、加藤さんとの縁を結んで下さった先生に感謝です。
     2月の公演を今から楽しみにしています。また、2024年秋の初演を目指している、吉井健太郎氏のチェロの調べに乗せた作詞に期待しております。暑い日々ですが気を付けてお過ごしください。

    西川祐子

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