お便り

書簡(篠井英介様)

西川祐子 様

西川祐子先生の会を拝見して、その品格と美しさに感服しています。能楽堂にふさわしい踊りを踊られて。これが通常の舞台なら、またきっと違った踊りをなさるのだろうなと思いながら、うっとり見入ってしまいました。
私も小さい頃から日本舞踊を始めたのですが、実家は鉄鋼関係の固い仕事です。振り返れば祖母が小唄と清元をかじっていたこと、何より金沢の街が大きく影響していると思います。踊りの師匠も身近だったし、着物も日常の時代でした。加賀宝生や筝曲も盛んでした。ほんとに良いところに産まれ育ったものです。
そのせいにしてはいけないのですが、
「チン・トン・シャンを習いたい」
と母と祖母をびっくりさせて、変った男の子になっていました。母と祖母がどの師匠のところに行かせようかと相談しているのを、固唾をのんで見守っていた5才の自分を憶えています。
皆様それぞれに手ほどきの曲をなつかしく思い出されることでしょう。
私は「てんてんてんまり」、あの童謡でした。
「はい、足はお嫁さんにしてね」
私の師匠は内輪に足先をすることを「お嫁さんのあんよ」と云っていました。
つまり、晴れの着物をまとって人前に出る時の歩き方の代表格だったということでしょうか。もうその一足から私は女形の道をめざすことが決ったのかもしれません。
歌舞伎ではなく現代劇の中で、女形として女を演じる。なかなか大変ではありますが、何とかやってこられたのも
「お嫁さんのあんよ」ありきです。
「お首を三つ振って、ハイひぃふぅみぃ。」
師匠は亡くなりましたが、その声は今も聞こえてくるのです。
祐子先生の踊りを拝見すると、そんな初心をよみがえらせて下さるのです。

篠井英介

コメント

    • 西川祐子
    • 2022.02.09 10:03pm

    篠井 英介 様、

    お便りを有難うございます。篠井少年のワクワクドキドキ感に共感しながら、嬉しく拝読いたしました。また、2021年12月の祐子の会をご覧いただきました事、重ねて感謝申し上げます。
    日本舞踊家は、舞台に立つ・振付をする・弟子を育成するという三つの役割があります。人によりどの役割に重きがあるかは異なりますが、どれもが欠かせない役割と考えます。何故舞台に立つのか、自分がわからないことは人に教えられないから、なぜ振付をするのか、自らが客観性を持って日本舞踊を探るため、そして日本舞踊の素地を後進に伝える。
    篠井さまは誠に良い師匠様に出会われたものと存じます。稽古を通して唯一無二の現代女形という存在となるべく日本文化の素地を吸収し、篠井さまの初心を築かれた… 舞台に立つ華やかさにどうしても衆目が集まりますが、自己研鑽・鍛錬をもって文化の素地を後進に伝える師匠という役割の重要性を、改めて感じております。
    益々のご活躍を、心よりお祈りして居ります。

    西川祐子

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